干支 工藝印刷色紙  (鳥の子紙・タト紙・解説付)
 

曹洞宗 尾張萬松寺
   
瑞岡珍牛禅師 画賛

水牯牛(すいこぎゅう)図

南泉(なんせん)の同伴(どうはん) 僞山(いざん)の后身(ごしん) 

無根の霊草 劫外(ごうがい)の春を行く  牛瑞岡画並賛

  南泉普願禅師は弟子の趙州に「檀家の水牛になる」と答え、僞山霊祐禅師は「百年後の自分の姿だ」と言う。この水牯牛はいったいなんであろう。死んだら牛に生れ変わる。根のない霊草。無為無作にして自らの本分を行ずる。苦悩に満ちあふれる衆生の中に飛込んで、泥まみれになって働く。自分はさておき、人の為に生涯を捧げる。大悟をきわめれば、この悲願を行ぜずにはいられない。この自然なあり方こそ菩薩の境地に他ならない。分別を超えた絶対の境に遊化三昧、何ものにも束縛されず自由無礙。折しも外は春、額に汗して働いた後のしばしの休憩はまた格別、何にもかえがたい別天地。永遠の春を楽しもう。
 

瑞岡 珍牛(一七四三〜一八二二) 曹洞宗
 八歳で肥後東向寺霊泉恵照について出家。のち長門笑山寺海外亮天に参じて、その法を嗣ぐ。安永六年、長門妙音寺に住し、同八年、永平寺に瑞世す。肥後観音院、さらに師席を継ぎ東向寺に住し、同七年、信濃全久院、享和元年、美濃竜泰寺、文化二年、海外亮天の後席を董し、摂津浪速の法華寺に住した。文化十四年、尾張万松寺に転住、文政三年、同寺を退き、同国慶雲軒に寓し、文政五年示寂。世寿八十。
 

                            

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